ホレイシオの受難

サスケに殺される日を空想するイタチの話。また弟のための願いの話。

タイトルは『ハムレット』でハムレットが最後にホレイシオに言った言葉を思ってつけました。 実はとある漫画に刺激を受けて書いているので、知っている人はピンとくるかもしれない。
眠りに落ちるまでのつかの間、うちはイタチは空想する。サスケがこの胸を刺し貫いて、いつしか鼓動が止まることを。そのような未来を思う時、彼の胸は描く情景とは対照的に、冷えた部位に血が通い、満たされていく心地を覚えた。 イタチはその理由を知らない。じわりと熱のように広がる無形の幸福感を抱いて、この出来事は思い描く未来への第一歩となるのだろうからと、頭の中で輪郭を与える。 そこには木の葉の里に立つうちはサスケがいる。背筋を伸ばした姿には、清々しさと、行く先に対する少しの不安が見て取れる。そうだ、この男は復讐対象を打ち倒したのである。 彼はこの場所で紛れもなく英雄だった。英雄には孤独がつきものであり、彼もまた例外ではないようだった。 弟を愛する兄は考える。元より不器用な子だから、弟が周りの人に内面を理解されるのには時間はかかるのかもしれないと。 しかし、こうも思う。”大切な戦友”を虐殺したS級犯罪者を裁いたとあれば、少なくとも里は、弟を蔑ろにはできないだろう。 里とうちはの誇りを尊び、共存を願い、これらを丸く収めるために片方を根絶やしにした彼はそれを誰より知っていた。 眼裏にはやがて幾何学模様が浮かび始める。暗闇の中でチカチカと明滅する模様はしだいに膨らみ形をつくった。 透き通った青い光は、彼の弟の、やわらかな手の中で生まれたそれに似ていた。数年前に見たそれは弱く力を持たなかったが、これ程大きく育ったならば、命もわけなく消し去れるだろう。 弟は、サスケは、自分の勝手で血に手を染める。その日が来た時、おそらく己の血を浴びて、それでも一族の誇りによって心はけして穢されぬまま、うちはに生まれうちはを裏切った殺人者を裁く姿は、どんなに眩しいことだろう。心から誇らしいと思った。 それどころか、最後にその顔を見られるのならば。こんなに幸せな事はない。 普段であれば彼本人が諫めただろう空想に、彼の酩酊した頭はいかなる感想も返さなかった。 鎮痛薬は身体ではなく心に作用するのです。痛みを認識させないように。渋面で語った男は誰であったか。任務の途中、一度訪れただけの地で、イタチにとって薬師の名も彼の話すこともさほど重要ではなかったが、その男の腕は確かであった。 それでも彼には支障はなかった。全ては夢で見たことと同じ、朝になれば、在ったことすら残らない思いである。 弟の手はこの男を葬って、いっそう一族に誇れるものになるだろう。純粋で、優しく、無邪気な弟。どんなに疲れている時も、その笑顔で駆け寄ってきてくれるだけで、心が洗われた気がした。次に会う時は、笑顔の代わりに武器を携えてやってくるのだろう。それでいい。 殺しをさせるべきではないとはちらとも考えなかった。なぜならこの忍の世で、手を汚さず生きる事は難しい。避けようのないものならば、意味があるにこしたことはない。 これはうちはイタチの考える最善のシナリオである。 合理を突き詰める彼は、だからこそ、ある重要な事に気づかない。 そうしてまた、祈ると言うには慎ましく弟のことを考えるのだ。 願わくば、恨んでも恨み足りないこの兄に止めを刺して、弟の心が少しでも晴れますように。生き残った負い目など、早く忘れられますように。 うちはイタチはやがて訪れるその日を願ってやまない。

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